T.C.R.Gについての僕の考え方


《協会所属のメリット・デメリット》

T.C.R.Gという言葉を聞いた事がある方がいらっしゃるかと思います。
聞いた事がない場合には、以下長いので、読み飛ばしていただいて構いませんが、クラスを受講したいと考えている方はご一読いただけると嬉しく思います。
まずこれを公開しようと思ったのは、「Takaさんは先生の資格を取らないんですか?」とよく聞かれる(アイルランドにおいても)ことが多く、
それを毎度一人ひとり説明するのは大変なので、せめて僕のサイトを見てくれる人には、僕の考え方を知っておいてもらいたいなと思ったからです。
アイルランドでは、ソロの競技ダンスをやっている団体がいくつか存在していて、An Coimisiun le Rinci Gaelachaという団体がそのうちの一つにあります。
その団体はアメリカや、カナダ、イギリス、オーストラリア、スコットランドなど、アイルランド人が移民して行った国に広まっており、近年ではヨーロッパにも設立されました。

T.C.R.Gというのは、Teastas An Coimisiun le Rinci Gaelacha(ゲール語の一部の表記は日本での文字コードに含まれないので簡略しました)の略で、
訳せば、”アイリッシュダンス協会の先生”という意味です。
最初に習う側にとってのメリットとデメリットを簡単にあげておきます。

T.C.R.G取得している先生から習うメリット
1.協会の試験を受けて認定書をもらうので、一定レベルに到達している先生だということがわかり安心感がある。
2.協会主催の競技会に出られる。(協会主催大会の世界チャンピオンになれる可能性がある。)
3.順位がはっきりする(上手でない人にはデメリットになるかも)
4.負けず嫌いな人はテクニック上達スピードが速くなる

T.C.R.G取得している先生から習うデメリット
1.他の先生からのレッスン(短期レッスンを含むワークショップも)は受けられない。(その先生の先生からは受けられるかもしれない。)
2.競技しない人(トップの一角に入れない人)は軽んじられやすい。
3.順位付けがはっきりする。(上手な人にはメリットになるかも)
4.競技スタイルの画一的な指導。(そこに合わない人はふるい落とされる)


《競技は白黒がつく》

僕のメインの先生の1人は、その団体に所属しており、先生+競技審査員の資格も持っているのですが、生徒であった僕は、その団体で競技をしていました。

ここで、アイルランドにおけるソロ競技ダンスの位置づけをお話しておくと、競技に出ない人は教えていても意味がない、とか
競技で如何に生徒を表彰台にたたせるかということが、教師のステータスおよびダンススクールの繁栄につながるわけなので、とにかく競技中心に偏るわけです。
伝統的なダンスでありながら、よく批判をされる理由もそこにあるわけなのですが、ここではその議論はやめておきます。
ともかく、現状でのアイルランドにおけるソロのアイリッシュダンスの位置づけは、「競技」です。

そういった中に僕自身、身をおいて競技をしてきて、人よりか何か違うインパクトを与えるダンスのテクニックを追求して、リバーダンスという、
いわゆるアイリッシュダンスの舞台としては、世界ツアーを行っているカンパニーに入れるくらいの力をつけたわけです。
そういう面では競技の持つ良いところももちろんあります。

《資格試験の内容は?》

T.C.R.Gの資格を持った先生の中では、もちろんすばらしい先生もいます。しかし例外も数多くあります。
逆もしかりで、僕のもう1人のメインの先生は、そのT.C.R.Gの資格を持っていない、しかし3年連続で世界チャンピオンになったダンサーです。
沢山のT.C.R.G資格を持った先生をこの目で見てきましたが、彼の印象度を上回るダンサーは殆どいないように感じました。
そんな彼がなんでT.C.R.Gを持っていないんだろう?と疑問が沸くのは当然でした。
そうしたら、ある理由がわかりました。

試験の中の一つで、30種類の8人で踊るグループダンスのフォーメーションを暗記しておかなくてはいけない試験があるのです。
もちろん構成しているステップはいわゆるフォークダンスなので、誰でも(今日始めたばかりの人でも)すぐにできるのですが、
フォーメーション全てとなると、非常に時間がかかるわけです。
もちろんソロダンスの実技試験もあるんですが、実技は競技で踊るレベルではなくてもパスしてしまうという、とんでもない内容の試験です。
ですから、大きな舞台で主役を張っているような人でも資格を持っていない、というような摩訶不思議なことも起こってしまうわけです。
本があるわけですから、「あ、そのダンスのフォーメーションは何ページにあったな。」とそれだけ知ってれば、
フォーメーションを教えるには十分だと思うんですがどうでしょう?

僕自身の価値観としては、一アーティストとして、90%のところまで目指すものが来ているとして、100%に1%でも近づくことに時間を割きたいと思うので、
そういうパフォーマンスの本質とは関係のない暗記作業に時間を費やすのが惜しいわけです。
それを追求した結果、大学院でアイリッシュトラディショナルダンスパフォーマンスコースに進んだり、リバーダンスに出演したりしてきたわけです。
30のダンスフォーメーションよりも、一つの様式美への追求。
そして1日中、朝から晩までスタジオにいて作品を作っていても、作り直しになってしまうような、産みの苦しみがあったとしても、そちらに時間を割きたい。
もし、体が動かなくなって、目指すダンス像に近づけないと思うときが来たら、その暗記作業をする日が来るかもしれないけど、今は僕の中ではその時期ではないのです。
ただ、資格試験ですから、合格者は一定以上の水準を持っているという安心感はありますね。

《2009年現時点で日本で競技を行う意義とは?》

もう一つ、実は、僕はアイルランドで競技をしていた時、統計をとっていました。
何の統計か、それは、アイリッシュダンスのワールドチャンピオンシップでの統計です。
その統計をとれば、どの国のレベルが高いのかわかるからです。
一番参考になったのは、各国参加者に対する入賞比率と、上位3位に入った参加者の出身国を調べることでした。
アイルランドやアメリカが強いのだろうと言うことは想像に難くないのですが、僕はとりわけオーストラリアに着目していました。
そうすると、2003年の統計では、オーストラリアの資格者およそ50人に対して、入賞者は全年齢を通してもわずか2人という、恐ろしいことがわかってしまったのです。

もう50年も歴史があり、すでに100人以上もT.C.R.Gの先生がいるオーストラリアでさえも、入賞率がすこぶる低い、そういう現状なわけです。
競技を続ける理由は、相手の高いレベルを見てさらに自分も高めるという、切磋琢磨効果にあるわけですから、本当の競技志向でいくならば、
資格を持って日本で競技を開催するということは、現在2009年においてというか、今後少なくとも10年(少なくとも協会所属の先生が10~20名程度できるまで)は全く意味がないし、メリットもないと僕は感じているのです。

それだけでなく、特に日本のような文化的に競技が根付いていない他国、しかもヨーロッパのように陸続きでない島国の環境というのも大きく影響すると考えます。
アイルランドと違い、大人の方が始めることが多い環境の中で、しかも毎週のように異なる人と競技できない環境で順位付け(はっきり言えばスクール内部での明らかな順位付け)をされる、
また経済的に競技のために渡航できない人が日の目を見にくいというのは、僕の感覚や競技経験則としては、意欲を逆に殺ぐことすら考えられると感じています。
また、年間にそう何度も競技に海外に行ける方は少ないですから、少ないチャンスを逃したときのモチベーション維持も難しいのが現実です。
それでも、私は何が何でも世界チャンピオンになるんだという強い意志を最初から持ち続けられる方や、人と競うことが大好きな方はそれも性にあっているかも知れませんので、否定はしませんが。
まず、そういった方は少数派だと僕自身は思っています。
僕自身は、競技に向かってダンサーのモチベーションを持たせることがどうなのか、そのことで逆にアイリッシュダンスが日本に広まらなくなる可能性が出てくるかどうかも考えないといけない立場にあります。

《生徒が習える環境の制限はどうなる?》

また、僕自身の経験では、大学院のダンスパフォーマンスコース在籍中に様々な先生のスタイルを学ぶ機会があり、それはダンスの感性を磨くのに良い経験だったので、(通常アイルランドでは一人の先生にしか就けません。)
仮に僕が協会に所属する選択をした場合、僕がいろいろなリバーダンスの友人達を呼んで短期ワークショップを開催することさえ協会よりお咎めがかかります。
また他の協会所属した先生の生徒達はそういったワークショップを受講できません。
以上のことは、生徒が他の先生から習える機会を著しく狭めることになります。
そういう「協会の元での競技」という呪縛でがんじがらめにすると、広い感性をもった世界に羽ばたけるアーティストを育てるには向かないと感じたのです。

《アカデミーの方向性は?》

基本的には、僕はやはり自分が始めたときの気持ちを持って進んで行きたいと思っています。
それはやはり、リバーダンスを見てやってみたい!という気持ち。そこが原点。
なので、そういうパフォーマンスの場を作ったり、少しでもそういうことがレッスンでできるようになったりとか。
人と競い合って白黒つけるのではなく、自分との比較で進歩してもらえれば嬉しいです。
また、育てたダンサー達と一緒にパフォーマンスをして、それを見た他の人がやりたいと思ってレッスンに来てもらえるのが一番。
それが自分のやりたいこととダブるし、アイルランドから日本に帰ってきて自分が教えている意味もあること。
もちろんプロになりたい!という人がいれば、それはもう厳し~く教えますので。
もし、「本格的に競技をしたい!」という人がいらっしゃれば、まずは僕のクラスで競技に必須であるテクニック等習得してみてください。
あえて言うならば、僕は、アイルランドでいわゆるT.C.R.Gの資格を持った先生にテクニックを教えたりもしていましたし、
実はリバーダンスのWebサイトで紹介されている、インターナショナルなダンサーで僕ともう1人一緒に紹介されていたGiliにも、
彼のリバーダンスオーディション前にテクニックを指導していました。
もしめちゃくちゃ練習熱心で活躍できそうな方がいれば、僕には知り合いの素晴らしいT.C.R.Gの先生がアイルランドに沢山いますので、機を見て、個性を活かすのに最適だろうと思うダンススタイルの先生を紹介します。
その際は、Taka Hayashi Irish Dance Academyの名前が出なくても、そのダンサーを育てたということで満足できるので問題ありません。
そして是非、本場アイルランドで競技に出て活躍していって下さい。
アカデミーとしてのコンペティション参加を考えた場合、近年、違う団体の広く、オープンな競技も始まって来ており、そちらの方がアイルランドの協会の団体と比較して、
年齢別のカテゴリー分けも大人の年齢が細かく区切られており、また、いざ渡航してみたら参加者が1人とか2人しかいなかったというようなこともなく、
レベルも割りと落ち着いていますので、まずそちらの団体(そちらも所属はしないけれど)の競技で様子を見たいと思っています。
まあ、少なくともその団体で優勝しないようでは、どちらにしても厳しいですから・・。

こういった考えに賛同していただける方がクラスに来ていただけるとありがたいと思いますし、そうでなくても今後のスクール選びの参考になれば幸いです。

2006/1/10(2009/9/19一部加筆・修正)
Taka Hayashi