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February 24, 2005

スヌーカーTV観戦

スヌーカーとは玉突きの一種で、日本ではあまり流行ってはいない。
日本だと、誰でも手軽に出来るナインボールが一般的だ。
さて、そのスヌーカー、ナインボールで使われるテーブルより大きく、玉も数が多い。
簡単に説明すると、15個の赤玉、6個の色玉があり、まず初めに赤玉を落として、次に色玉を落とす。
成功すればその繰り返し、ミスすれば交代である。
赤玉は1点で、色玉は各色2点~7点、最後赤玉無くなれば、色玉を2点~順番に
落としてゲーム終了だ。スコアの高いほうが勝ちである。
それを決められたセット数行い、セット勝利数の多い方が勝ちである。

このスヌーカーを観戦するのが非常に面白い。
この面白さは、もちろんプレーヤーの技術の高さがあって初めて成り立つのだが、
それだけではなく、プレーヤーの心理状態の動きがことさら面白い。

さて、前置きが長くなってしまったが、今日は1年前の日記から、面白かった試合の観戦記を書こうと思う。

2004年1月25日WelshOpen
決勝 Ronnie O'Sullivan VS Steve Davis
○O'Sullivan9-8Davis●

試合の結果を見ても分かると思うが、非常に接戦であった。
ただし、シーソーゲームのように展開したわけではない。
O'Sullivanはこの試合、最終最後まで一度もリードをしたことがなかったのである。

試合はDavisの好調なスタートから始まる。
4-1でDavisリードから、ついに8-5と王手をかける。
あと4セットの内、1つでも勝てば優勝である。
スヌーカーは相手がミスしなければ、自分の出番はやってこないまま終わる。
そのため、局面が難しく自分がミスしそうだと思う場合は、その局面を同じように相手に与える
守りの技術も要求される。ただ、もちろん守ってばかりでは得点できない。
隙あらば全部台上から玉を落としきる攻撃力も必要だ。
この試合の両者にはそれは備わっている。

8-5まで来たとき、Davisはほぼ勝利を確信していたと思う。
彼の表情からはそれを感じられた。
ここで少し綻びが生じ始める。
「あと4セットの内、1つ取れればいい。」
とDavisは思ったに違いない。
Davisは攻撃には消極的、というか少しでも難しいと思うところでの勝負は避けるようになる。
そしてチャンスが来たらその時に一気に行くという決心が見えた。

一方O'Sullivan、果敢に攻める。ここでミスしたら、相手にとって簡単な玉が残ってしまうという
場面、解説者ですら、ここは攻撃ではなく守りだという局面も攻める。
それが結果、玉を残らず落としきる。
O'Sullivanは知っていた。
少しでもプレッシャーを弱めようものなら、あっという間に勝敗は決してしまう。

8-7。ここでまだDavisはかろうじてリードしていたが、彼の顔からは着実にO'Sullivanの脅威が
忍び寄ってきているということがわかった。
かといって、O'Sullivanが全ての玉を全て完璧にやっているわけではなかった。
O'Sullivanもミスしていることはしているのだ。
そのミスに対して、Davisが通常ならば間違いなく勝利を決めているだろうという場面もあった。
しかし、この最後4セットは単なる技術力では勝負が決まらない、言わば泥仕合。
もう精神力の戦いなのである。

そんな中、Davisがミスしたショットが運良く成功ショットになる。
このときDavisは、「神が見方している。絶対勝てる。」と思ったに違いない。
そして数ショット重ねた後、ある重大な選択を迫られる。
そう、「攻撃なのか防御なのか?」
Davisはそのセットでも、現状リードしている。
逡巡ののち、Davisは攻撃に出た。
そしてミスした。
この時点で試合の流れは初めてO'Sullivanに傾いた。
O'Sullivanはこのチャンスに、逆に言えば、一度でもミスしたらDavis優勝が決まる中、
全ての玉を落とした。
最終セットは既に勝敗が決していた。

試合後のコメント
Davis「まるででかい魚がかかったのに取り込みに失敗した釣り人のようだ。」
O'Sullivan「全く自信を感じることがなかったが、決して降参はしなかった。」

投稿者 Taka : February 24, 2005 07:11 AM

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